こちらは「カトリック水戸教会(聖家族教会)/Catholic Mito Church(dedicated to the Holy Family)」のホームページです。

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お知らせ

■10月以降のごミサについて(2020年9月29日掲載)

カトリックさいたま教区マリオ山野内倫昭司教様より、9月24日に【新型コロナウィルス感染症への対応(第12次)】のお知らせが参りました。

10月第一主日(10月4日)から、年齢制限が解除されます。【年齢制限の解除】以外の制限は、これまでと変わりません。厳守すべき項目については、ぜひもう一度司教様からのお知らせに目をとおしてください(下記PDF)。

カトリック水戸教会の10月4日からの公開ミサは、年齢制限を解除して従来のように2地区合同で行います。そのためには、三密を避けるなど従来行ってきた感染予防対策を確実に継続しなければなりません。ご協力を宜しくお願い申し上げます。

担当地区
10月4日:南北  11日:東西  18日:南北  25日:東西

■新型コロナウィルス感染症への対応(第12次)
http://saitama-kyoku.net/documents/data/771.pdf

 

 

  1. 主日のミサは、日曜日午前の他に土曜日夕の前晩のミサも再開されます。土曜日夕の前晩のミサは、どの地区の方でも参加出来ます。外国語のミサは行われません。平日のミサは非公開となります。
  2. 日曜日午前の主日のミサは、東西南北4地区のうち2地区の方々のみで行います。東西地区、南北地区交互に行います。
  3. マスクを着用してお越し下さい。
  4. 受付において非接触型体温計で体温測定を行います。体温37.5℃以上の方は、ミサへの参列を自粛して下さい。入り口に置いてある手指消毒剤で手を消毒してから、御聖堂にお入り下さい。
  5. 座席は前後左右の方と十分な距離を空けてご着席下さい。ただし普段同居されているご家族はこの限りではありません。
  6. 会衆は聖歌を歌いません。すべて唱えます。オルガン演奏はございます。
  7. 奉納行列は行われません。ミサ献金、維持献金は、御聖堂入り口の献金箱にお入れ下さい。
  8. 聖体授与は、臨時の聖体奉仕者2名によって行われます。必ず手で拝領し、口や舌では拝領なさらないでください。
  9. ミサ終了後も、3密を避けながら退堂して下さい。

■主日のミサ・ネット配信
カトリック東京大司教区では、毎週日曜日午前10時から、主日のミサのネット配信を行っています。インターネットに接続できる環境がある方は、中継のごミサに与って霊的にご聖体を拝領し、聖書を朗読し、祈りを捧げる時を持ちましょう。

主日のミサ・ネット配信
https://tokyo.catholic.jp/info/diocese/38239/

 

■ドネガン神父様メッセージ(2020.4)

水戸教会の信徒のみなさん
主の復活おめでとうございます。
主の復活の意味を深く心に刻み、悲しみや恐れを打ち砕き、わたしたちを命の光へ導いてくださるキリストに結ばれ、喜びと希望をもって祈り続けましょう。
私は毎日ミサを捧げ、皆さんのために毎日祈っています。
コロナウィルスに負けず、元気に過ごしてください。
希望に満ちた復活節になりますように。

William Donegan

カトリック水戸教会は聖家族教会(Sagrada Família)とも呼ばれ、1896年(明治29年)に生まれて以来、120年以上の歴史ある教会です。1948年には隣接の「聖母幼稚園」が開園、1949年からイエズス・マリアの聖心会が水戸教会を担当することになり、現在もこの修道会が茨城県下の9教会を担当しています。

カトリック水戸聖家族教会は、フィリピン、ベトナム、インドネシア、アフリカ、南米、ヨーロッパ、そしてもちろん日本の人々からなる国際的な共同体です。すべての皆さまを歓迎いたします。ミサやその他の教会行事は教会予定表に掲載されています。

御ミサは月曜日を除く毎日行われており、主日(日曜日、土曜日)のミサでは第1・第3日曜に英語、第2日曜にはタガログ語でのミサもあります。

カトリック水戸教会は1896(明治29)年に創設され、現在までの120年を超える歴史はおおよそ三つの時期に分けられます。水戸教会からは司祭5名、修道士1名、修道女34名の召命が生まれています。

教会の中心である聖体祭儀に深く一致し、人々の間に神の国を広めるために、キリストの福音的使命に参与すること。それは、御父の礼拝者であるイエスの姿を特に観想し、私たち自らが御父の礼拝者となり、礼拝者を探し求め、礼拝者を育てる使命を果たすことによって三位一体に栄光を帰すことです。